【国立西洋美術館】「チュルリョーニス展 内なる星図」レポート。絵画と音楽を融合したリトアニアの国民的芸術家、34年ぶりの大回顧展

国立西洋美術館
《レックス(王)》1909年

リトアニアを代表する芸術家ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス(1875–1911)の、日本で34年ぶりとなる大回顧展「チュルリョーニス展 内なる星図」が、国立西洋美術館で開催中です。会期は2026年6月14日(日)まで。

※展示作品はすべてミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス作、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)所蔵です。M. K. Čiurlionis National Museum of Art, Kaunas, Lithuania.

展示風景
左から《第6ソナタ(星のソナタ):アレグロ》、《第6ソナタ(星のソナタ):アンダンテ》1908年

20世紀初頭、絵画と音楽のふたつの領域で卓越した才能を示し、リトアニア近代文化の礎を築いたチュルリョーニス。35年の短い生涯のうち、約6年間の画業で300点以上の作品を残しています。

その芸術は、ロシア帝国の支配下、民族解放運動のさなかに形成されたものであり、祖国の豊かな自然や歴史、古来より伝わる民話を創作の源泉にするなど、リトアニア固有のアイデンティティに根差しています。同時に、神智学や天文学にも関心を寄せ、人間の精神世界や宇宙の神秘を巡る思索を深めました。象徴主義絵画と抽象絵画を橋渡しするような独自の表現で知られ、とりわけ作曲家ならではの感性で、音楽形式の絵画の構造への転換といった造形的革新性が、今日における評価を確かなものとしています。

リトアニアにおける生誕150周年の祝賀ムードを引き継いで開催される本展は、国立M. K. チュルリョーニス美術館(カウナス)が所蔵する代表的な絵画や版画、素描など約80点を紹介するものです。

 展示は全3章にプロローグ、エピローグを加えた構成になっており、プロローグではチュルリョーニスの画業の出発点を紹介しています。

チュルリョーニスは、1875年にリトアニア南部の慎ましい家庭に生まれ、オルガン奏者の父親のもと、幼少の頃から音楽の才能を発揮しました。1894年、作曲を学ぶために18歳で隣国ポーランドのワルシャワ音楽院に進学。1901年まで同地で研鑽を積み、代表的な交響詩《森の中で》をはじめとする音楽作品を手がけます。その後、ドイツのライプツィヒ王立音楽院での学びを経て、長年の夢だった絵画の道を本格的に志すようになるのは、1902年頃になってからのことでした。

《森の囁き》1904年

初期の絵画作品には象徴主義的な表現が強く表れていたといいますが、残念ながらその大部分は失われています。新設されたワルシャワ美術学校に第1期生として入学した1904年に描かれた《森の囁き》(1904)は、現存する貴重な作例です。

画面では、神秘的な暗い森に立ち並ぶ木立の前に、霧のようにかすんだ手が浮かび上がっています。前年に制作された同一モティーフの絵葉書と見比べると、木立の形態にハープの弦が、森の柔らかな騒めきにハープをつま弾く音色が重ね合わされていることが、より明確に読み取れるでしょう。本作にはすでに、チュルリョーニスの絵画を特徴づける音楽的感性が色濃く反映されています。

第1章「自然のリズム」では、チュルリョーニスの描いた自然の表現を辿っています。

展示風景、右は《山》1906年
《庭(噴水)》1905/06年

ワルシャワに拠点を置きながらも、チュルリョーニスにとって、祖国の豊かな自然は創造の源であり続けました。しかし、その絵画に写実的な風景描写は少なく、主に関心が向けられていたのは、自然の動的な移ろいであったといいます。自然の内部に流れるリズムや生命の循環プロセスそのものを抽象的に、時に擬人的に捉え、そこに抒情性や象徴性を吹き込んでいきました。

左から《閃光Ⅰ[3点の連作より]》《閃光Ⅱ[3点の連作より]》《閃光Ⅲ[3点の連作より]》1906年

そうした関心は、四季の巡りなど自然を主題とする連作のかたちで結実します。3点からなる最初期の連作《閃光》(1906)では、夜が深まる中、灰色の煙から生まれた光の群れが列をなして移動し、やがて風に導かれるように青い門の前へとたどり着く、幻想的なイメージが展開されます。

閃光の正体について、一見ではホタルの発光のような自然現象を連想します。しかし、チュルリョーニスにとって「門」は重要なモティーフであり、現実と幻想、可視と不可視の境界を示す存在、あるいは精神的次元への入口や魂の通過点を象徴するものです。こうした点を踏まえると、精神や魂といった根源的な何かが、門を介して変容を遂げる過程を示唆するものとして解釈することもできるでしょう。

展示風景、右は《冬Ⅰ[8点の連作より]》1907年

また、周辺の画家の多くが、冬の静謐でメランコリックな側面に着目したのに対し、チュルリョーニスは、そこに内在する力をダイナミズムとともに可視化しようと試みました。8点からなる連作《冬》(1907)では、生命の象徴である樹木を一貫した主題に据え、冬の自然の諸相の中でさまざまな姿に変奏しています。

《冬Ⅳ[8点の連作より]》1907年
《冬Ⅷ[8点の連作より]》1907年

雪原に立つ樹木を堅牢な氷塊に閉じ込めながら、あるときは生と死、希望と絶望といった対照的な観念を提示するものとして、またあるときは神の啓示を暗示する燭台のメタファーとして表しています。やがて雪解けが生命の息吹を伝える中、樹木や雪片といったすべてのモティーフを幾何学的な星や矩形の集積に還元することで、冬に内在する強靭なエネルギーそのものを示すようなかたちで連作を締めくくっています。

第2章「交響する絵画」では、いよいよチュルリョーニスが試みた、絵画と音楽の融合というテーマを扱っています。

チュルリョーニスがこのテーマに集中的かつ体系的に取り組んだのは、1907年から1909年にかけてのことです。当時のヨーロッパでは、ボードレール、ワグナー、ニーチェらの思想を背景に、画家たちの間で絵画と音楽の融合を試みる動きが広がりました。しかし、多くの画家が色彩による共感覚的な音楽表現に関心を寄せたのに対し、チュルリョーニスは作曲家ならではの視点から、音楽の構造そのものを絵画に応用したのです。この点にこそ、モダンアートの歴史においてチュルリョーニスが特異な位置を占める理由があるといえるでしょう。

左から《プレリュード[二連画「プレリュード、フーガ」より]》《フーガ[二連画「プレリュード、フーガ」より]》1908年

二連画の《プレリュード、フーガ》(1908)では、ポリフォニー(多声音楽)の一形式であり、主題を複数の声部(パート)が模倣しながら追いかけるフーガへの導入として、プレリュードを置いています。

「プレリュード」では画面中央に浮かぶ黄金の船に目が引かれますが、注目すべきは、画面右下に描かれた首を垂れて座る人間や、上方を指す手、塔を思わせるシルエットが「フーガ」の画面下部へと連続している点です。

続く「フーガ」では、それらのモティーフに加えてモミの木が主題として登場します。穏やかな湖畔の風景かと思いきや、よく観察すると、モミの木の像と水面の反映像が対応していません。ここではフーガの構造にのっとり、各モティーフを形や色彩の微妙な変奏を伴いつつ反復し、大きく、小さく、まばらにすることで音楽性を喚起しています。

本作のように、チュルリョーニスは伝統的な遠近法に基づく再現的空間を放棄し、水平に分節した複数の層によって画面を構成していきました。そして、複数の独立した旋律を調和させながら同時進行させる対位法(フーガなどの作曲技法)さながらに、それぞれの層を共鳴させることで、まさにポリフォニーが織りなす響きの印象を視覚的に表すことに成功したのです。

左から《第3ソナタ(蛇のソナタ):アレグロ》《第3ソナタ(蛇のソナタ):アンダンテ》《第3ソナタ(蛇のソナタ):スケルツォ》《第3ソナタ(蛇のソナタ):フィナーレ》 1908年

また、チュルリョーニスは音楽のソナタ形式を絵画に導入し、より壮大な構成を有する連作を生涯で7点制作しました。本展ではそのうちの3点、《第3ソナタ(蛇のソナタ)》《第5ソナタ(海のソナタ)》《第6ソナタ(星のソナタ)》(いずれも1908)を紹介。連作の各章にはテンポを指示するタイトルが付けられており、《第5ソナタ(海のソナタ)》は「アレグロ」「アンダンテ」「フィナーレ」の3章構成です。

左から《第5ソナタ(海のソナタ):アレグロ》《第5ソナタ(海のソナタ):アンダンテ》《第5ソナタ(海のソナタ):フィナーレ》1908年

規則的な水平層によって構成された「アレグロ」では、海が音符の弾む楽譜のように捉えられており、岸辺に広がる波や泡沫、黄金色に輝く粒が軽快なリズムを生み出しています。続く「アンダンテ」では、波の動きがゆったりとしたものへと変化。静謐な雰囲気の中で、視線はリトアニア神話のイメージが重なる海底の王国へと沈んでいきます。そして「フィナーレ」では、立ち上がる大波の高揚するリズムとともに、泡や帆船といったモティーフが集約され、劇的な終幕を迎えます。

本作は、チュルリョーニスが婚約者のソフィヤと、バルト海に面した保養地でひと夏のバカンスを過ごす間に構想・制作されたもので、その祝祭感は私的な幸福感の発露であるという見方もあります。なお、「フィナーレ」の大波の図像については、葛飾北斎の《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》の影響が指摘されています。(※同作は同時開催されている「北斎 冨嶽三十六景 井内コレクションより」に展示中です)

《ピアノのための交響詩「海」の楽譜草稿》1903年

海は永遠や生命の循環のイメージと結びつくとともに、波の反復が音楽的リズムを体現するため、チュルリョーニスの感性と深く共鳴するモティーフであり、交響詩や散文詩においても主題として扱われました。本章の展示室では、ピアノのための交響詩《海》がBGMとなっているほか、《海》の楽譜草稿も展示されています。チュルリョーニスがどのように自然の気配に対して耳を澄まし、その旋律を作品へ“採譜”したのかを、より多面的に探ることができるでしょう。

第3章「リトアニアに捧げるファンタジー」では、リトアニアの民族性に焦点を当てながら、チュルリョーニスの円熟期の作品を紹介しています。

1904年から1905年の日露戦争でのロシア敗戦とロシア第一革命を受け、リトアニアにおいて民族解放運動が急速に活発化しました。チュルリョーニスもまた、同国の芸術界をけん引する指導者のひとりとして運動に身を投じ、リトアニア文化の精神的マニフェストとしてのエッセイ集や、リトアニア民謡集のための挿絵などを手掛けていきます。その根底には、地方に息づく民話や民謡、工芸といった民族文化の再評価が、失われた国民・国家のアイデンティティの形成や、リトアニア的な芸術様式の構築に不可欠だという思いがありました。

ソフィヤ・キマンタイテ=チュルリョーニエネ著《『リトアニアにて』(1910年出版)のための表紙デザイン》1909年

一方で、民族文化はチュルリョーニス自身の創作においても良い着想源となりました。たとえば、《リトアニアの墓地》(1909)に登場する十字架は、民族の独立への願いが込められた同国を代表するモティーフのひとつです。

《リトアニアの墓地》1909年

本作では、テンペラ画らしい透明感のある青緑を基調とする空に、魂の道標である北斗七星が輝き、地上では十字架のシルエットがリズミカルに配置されています。これらの十字架はリトアニアの自然崇拝や祖霊信仰の伝統と、14世紀に国教として導入されたキリスト教の象徴が融合することで生まれたもので、動植物や天体の装飾的意匠がふんだんに施された独創的なものでした。

次第に十字架そのものが民間信仰化し、死者の弔いのみならず、旅の安全や豊作祈願といった広義の祈りや記念の手段として、墓地や路端、農家の敷地内などあらゆる場所に建てられたといいます。それゆえに、ロシア帝国の同化政策下で弾圧の対象になったのです。

《プレリュード(騎士のプレリュード)》1909年

より高らかに民族復興をうたっているのは《プレリュード(騎士のプレリュード)》(1909)です。めったに特定の景観を表すことのないチュルリョーニスが、リトアニアの首都ヴィリニュスを想起させるエッセンスを散りばめた都市。その上空を勇ましく駆ける透明な騎士(ヴィティス)は、14世紀から18世紀末までリトアニア大公国の国章として親しまれた、国家の独立と栄光の象徴です。

左から《おとぎ話Ⅰ[三連画「おとぎ話」より]》《おとぎ話Ⅱ[三連画「おとぎ話」より]》《おとぎ話Ⅲ[三連画「おとぎ話」より]》1907年

また、チュルリョーニスは1907年以降、民話や神話、普遍的な物語構造を自身のヴィジョンと融合させた原型的イメージを展開する、「おとぎ話」という独自の絵画ジャンルを確立しました。

魔法の世界、王や王女、騎士、旅、道といったモティーフは、このジャンルの典型的な構成要素であり、《おとぎ話(王たちのおとぎ話)》(1909)は王を主題とした作品です。夜闇に包まれた森を舞台に、リトアニアの美しい自然と農村の風景が収められた光り輝くドームを見つめる、ふたりの王。彼らは世界の二元性を体現すると同時に、小さきリトアニアを世界の外から見守る守護者でもあります。

《おとぎ話(王たちのおとぎ話)》1909年

「王」はチュルリョーニスの画業の初期から、一貫して重要な主題のひとつでした。その世界を司る超越的存在としてのイメージは、本展エピローグで登場する大作《レックス(王)》で決定的なものとなります。

一方で、チュルリョーニスは神智学や天文学といった当時の国際的な思想潮流に触れ、人間の精神世界と宇宙の神秘に対する思索を深めていきました。

《祭壇》1909年

日本初公開となる《祭壇》(1909)は、鳥瞰視点の独特な空間表現に、宇宙的なヴィジョンの感覚が満ちたチュルリョーニスの代表作です。階段状の巨大な祭壇の側面に描かれているのは、騎士や天使など、いずれもチュルリョーニスにとって象徴性を備えたモティーフ。それらが複雑に絡み合うことで、下段から上段に向けて壮大な叙事詩の様相を呈しています。同時に、階段というモティーフ自体も、高みへと上昇する人間精神の諸段階を象徴しており、その階数は宇宙と人間の構造を7つの段階に分ける神智学の理論に対応すると考えられています。

《レックス(王)》1909年

エピローグで展覧会を締めくくるのは、チュルリョーニスの思想と造形的探究を最も包括的に示す代表作であり、自身最大の絵画作品でもある《レックス(王)》(1909)です。モノクロームの美しい明暗で彩られた画面に、世界を構成する火・水・大地・大気の四大元素を凝縮。壮大な交響詩を思わせる多元的構造のもと、星や天使、木々といったモティーフが無数に反復されるなか、二重に重なった半透明の王が宇宙を垂直に貫くように地球の上に鎮座しています。

いまだ謎の多い本作において、チュルリョーニスはリトアニア土着の自然崇拝やヒンドゥー教、エジプト神話、神智学、天文学、自然科学など、これまで吸収した多岐にわたる思想をひとつの造形体系として統合し、キリスト教的な神とは異なる新しい物語を創出しました。ふたつの王は、二元論的な原理を示すと同時に、単なる世界の支配者ではなく、自然や宇宙と一体となった汎神論的な存在として描かれているのです。

本作は、画家としてさらなる飛躍を求めたチュルリョーニスが、サンクトペテルブルクへと活動の場を広げた時期に描かれたものであり、その目論見どおりに、ロシア芸術界の重鎮アレクサンドル・ベヌアから高く評価されました。しかし、チュルリョーニスがそれを知ることはなく、過酷な制作活動や精神的緊張により、次第に心身を病んでいきます。そして1911年4月10日、肺炎により35歳の若さでその生涯を閉じました。


音楽と絵画、リトアニア民族のアイデンティティ、そして人間の精神世界や宇宙の神秘を巡る思索を幻想的に描き出した、唯一無二の芸術家チュルリョーニス。2000年以降、ヨーロッパ各地で展覧会が開催されるなど、再評価の機運が高まるその独創的な世界を、ぜひ会場でお楽しみください。

「チュルリョーニス展 内なる星図」概要

会場 国立西洋美術館 企画展示室B2F(東京都台東区上野公園7-7)
会期 2026年3月28日[土]~6月14日[日]
休館日 月曜日、5月7日[木](ただし、5月4日[月・祝]は開館)
開館時間 9:30 ~ 17:30(金・土曜日は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
観覧料(税込) 一般2,200円、大学生1,300円、高校生1,000円、中学生以下無料

※観覧当日に限り「北斎 冨嶽三十六景 井内コレクションより」と常設展を共通のチケットでご覧いただけます。

※チケットはイーティックス、もしくは国立西洋美術館券売窓口で購入できます。

主催 国立西洋美術館、読売新聞社、国立M. K. チュルリョーニス美術館
展覧会公式サイト https://2026ciurlionis.nmwa.go.jp/

※記事の内容は取材時点のものです。最新情報は展覧会公式サイト等でご確認ください。


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